ゲーム日記

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

まさかこんな日が本当に来ることになるとは思ってもいませんでした。

2011年3月11日15時前、三陸沖を震源地とするM8.8の大地震が発生。
震源地より遠く離れた東京、大崎の会社オフィスでもかなり大きな横揺れが感じられた。
震度は東京で5強~6弱程度。それも長時間に渡る揺れと断続的に発生する余震で仕事が出来る状況ではなくなる。

15時過ぎ、品川方面から黒い煙が立ち上り、こりゃえらいことになったとは思っていたが、まだ現場は余裕。

16時過ぎ、東京湾を挟んだ対面に燃え盛る炎が見える。
ニュースでコンビナート火災の状況が中継され、だんだんと深刻な状況に・・・

家族へ何度か電話をするも通じず。
自宅は横浜の北の方だし、安全だろうとは思いつつも心配。
社員皆外の様子を見ているが帰ろうとする人はほとんどいない。

「電車が動き始めたら各自帰るように」
という通達がでたが、電車、線路の点検にどれだけの時間を要するかちょっとでも考えれば当日中に回復しないだろうことは想像できる。

17時過ぎ、コンビナート火災の現場から巨大な炎の柱が立つのが見える。大崎からなのに、外が明るくなるくらい大きな炎。。。
ニュースでは津波の被害が放送される。

ここで、私は決断。
「帰ろう」

時間もちょうど終業時間。
なぜか残って仕事をしている皆に「お先に失礼します。」と挨拶し、会社を出発。

家に帰るには大崎を出て中原街道を西へ真っ直ぐ行くだけ。
距離にして約25km。4時間~5時間で帰れる距離。

まず、コンビニで水と携帯食料を2つほど買って中原街道へ出る。
しばらく行くと銀行があったので、立ち寄る。(別に強盗をするわけではないぞ!)
すでに渋滞が始まっており、タクシーを捕まえたところで、帰れるとは思えないし、それに大量のお金を出すくらいなら自転車を買って帰ったほうがましとの判断で、2万円ほどお金を下ろす。

中原街道は横浜方面へ徒歩で帰る人でごった返している。
歩いている人たちもまださほどの距離を歩いているわけでもなさそうで、喋りながら帰ったり、ナンパしている人たちまでいる。平和だなー

大崎を出てから5kmくらいだろうか、OKマートの看板を発見!(ニヤリ
あとは、同じアイデアの持ち主多数によって自転車が売り切れていないことを望むばかり。

近づくと出入口横に自転車が大量に飾られていることが確認できた!
価格は12800円! 
費用対効果大!

さっそく購入しようと出入口に向かうと

・・・

「本日は地震のため営業を中止しました」

・・・・

なんだとーーーー orz

目の前に自転車があるのに・・・
でもまー、でもそうだよね。自分だって、今、帰路についているわけだし、OKマートの人だって同じだよね。。
orzしててもしょうがないので再び歩き始める。

第1チェックポイント 丸子橋到着
1つ目安となっていた丸子橋に到着。神奈川県に入ったということで、1歩家に近づいたことを感じつつ橋を渡っていると、海の方に火の柱が見える。

橋の上は風が冷たく、えらく寒い。
ここで自分の手がかじかんで冷たくなっていることに気がつく。
歩き始めて10km近く歩いているはず、花粉症のため、鼻水を抑えつつ、マスクで息が制限された移動でかなり疲れていることに気が付き、買っておいた携帯食料を口に入れる。

丸子橋を渡ると新横浜方面へ向かう広い道と溝の口方面へ向かう細い道に分かれる。
そこで、多くの人が新横浜方面へ向かっていく。
私は溝の口方面へ舵を切る。

一気に人が減った!

それまで人によって風が遮られていたのに、今は視界に数人が見える程度。
なぜ田園都市線方面は人が少ないのだろうか?
高齢化か?

しばらく進んで武蔵中原駅近辺にさしかかると、あたりが真っ暗なことに気がつく。
辺り一帯が停電しているようだ。

このあたりの道は幹線道路ですら細く、脇道は車が1台通れるくらいなほどで、そういった細い道の先がまったくの闇となっており、非常に怖い。

脇道にはいろうとしてためらっている女性がキョロキョロしてかなり挙動不審になっている。
あまりにも怖がっている感が見えたので、話しかけてあげました。
私:「この先に向かうんですか?」
女性:「ええ、自宅がこの先なんですが・・・・」
私:「これは怖いですね」
女性:「ですよね」
私:「ははっ ・・・・・・」
女性:「あっ、大丈夫です。100mくらいなので」
私:「そうですか、気をつけてくださいね。じゃ」

話しかけた事自体が失敗だったと感じました。
助けようとしても怪しい人だし、断らせるのも気まずいし、助けたとしても帰り道、私自身ちょっと怖いし・・・
女性は意を決して闇へと突入していきました。

まー、一件落着?

このあたりから非常に時間が長く感じるようになる。
あたりは暗いし、車は渋滞しているし、歩道も細く場所によっては歩道すらないし。。
あんなに邪魔だった旗の台近辺でチンタラと歩く人たちが懐かしい。
そんな寂しさにじっと我慢して歩き続けると厚木街道に到着。
厚木街道沿いに歩いてきた人たちがたくさんいる!

ちょっと、めぐり逢い宇宙 最後のシーンが頭をよぎる。
人はひとりでは生きられないのね。
人が見えてこんなに安心できるとは・・・

なんて思いつつ、厚木街道を数百メートル歩き鷺沼への脇道に入るとまた誰も居なくなる。
はふーん、寂しい。

そろそろ足裏と足首が痛い。
しかし、ここまで来ると渋滞も無くなる。
これならタクシーも効果ありだ!
タクシーが通りかかることを期待し車道を見ながら歩く。

しかし、数台のタクシーが通りかかるもすべて乗車拒否。。
東京のあの渋滞ならまだしも、なぜ!?

そうこうしているうちに鷺沼に到着。
タクシー乗り場には長蛇の列。
とりあえず自分も並んでみるが、10分まっても1台もこない。

ここはバスで・・・と思ったが、鷺沼からあざみ野方面へのバスは深夜バス以外存在しない。。。
足は限界だが、気力を振り絞って自宅方面へのバスがあるたまプラーザ駅へ向かうことにする。

鷺沼からたまプラーザまでの道のりは山あり谷ありで疲弊した足にはかなり辛い道のり。
途中で膝がガクガクしたがなんとかたまプラーザ駅に到着。
バス乗り場に行くと、目の前に自宅近くを通るバスが停車。

足は限界だと思っていたが、

走ったよ!

人間やればできるもんだ。

これで自宅までの残りの4kmのうち3kmほど短縮できる!と感動した瞬間、20mほど先に自宅前までいくバスが停車しているのが見える。

うぉーーーー

そりゃ、走ったさ

そして、乗れたさ!
あとは、座っていただけ。
15分程度で自宅前に到着。

こうして、大崎から青葉区の自宅までの長旅は終了。

歩いた距離20kmちょっと。
バス4kmちょっと。

かかった時間 約4時間

家族は全員無事。
家も壊れたもの等はなく全く問題なし。

よかったよかった。

テーマ:(´・ω・`) - ジャンル:日記





しかしまぁ大変だった。。
ガスと水がずっと止まってたんだが今日から復帰したよ。。。しばらく大変そうだな。お互い。
【2011/03/18 23:04】 URL | Durand #-[ 編集]















管理者にだけ表示を許可する




| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 (´・ω・`)ショボーンとしてみる, All rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。